2006年02月11日

水甕







今帰仁に生まれ、京都で功をなした玉城仙一さんの著書「水甕」を主題にした琉歌です。

「父の一生は水を汲むことから始まりました。」と四女の小松紀子さんの序文でつづる「水甕」は玉城仙一さんが九十七才になるまでの細い、長い、曲がりくねった道筋、明治、大正、昭和、平成の四代にわたる自筆の「自分史」をカジマヤーを迎えて一冊の本にまとめあげたものです。

       


百一歳の長寿をまっとうされ、今年の一月に一周忌をおえた玉城仙一さんは明治三十八年に沖縄県国頭郡今帰仁に生れました。
「尋常小学校高等科を卒業するために、母は毎日一升の大豆を仕入れ、二升の豆腐を作って門で売り、私はたくさんの焚き物を拾い集めました。」
母と子の暮らしぶりは、明治の、沖縄の、山原の質素な生活風景をそのまま伝えていて、いたく感銘をうけました。

     

郷愁を呼ぶ昔の松林と浜辺




本の目次は「小学生の頃」「大阪へ」「京都へ」と移り語ります。

「生まれ故郷を出て来て、大都会の日常生活や仕事は見るもの、聞くもの、すべて途惑うばかりでした。失意と心機一転をくりかえしながらも、その土地に同化することを心がけ、多くの人に出会いました。多くのことを学びました。」

苦節六十余年、玉城仙一さんは平成の新世紀になって、京都上植野に、ついの住み家をさだめました。その庭に水甕をすえ置き、水を飲んでいる鳥の姿を見て目を細め、少しでも水が減っていると家人を強く叱りつけました。
  「鳥が水を飲みにくそうにしているやないか!」


十三世紀に築かれた神のグスク今帰仁城




今帰仁生まれの、京の翁・玉城仙一さんはこう言いました。
「今日までの私を支えてくれたのは、世界遺産になる以前から生涯を通して今帰仁城でした。いつ、どこにいても沖縄人(うちなんちゅう)を誇りに思い、それが心のより所、大きな支えだったのです。」



玉城仙一さんの座右の銘です。

私の敬愛する玉城仙一さんとの出会いが私の琉歌「水甕」になりました。
スージーとこやまよしこの二人は折々のライブで歌っております。


この記事へのトラックバックURL

http://kanzeku.ti-da.net/t675780
この記事へのコメント
本当にこの「水甕」という唄は、すばらしいです。
沖縄の言葉がわからない私でも、初めてこの唄を聴いたとき、
涙が出ました。永代残る名歌だと思います。

ところで、玉城仙一さんの座右の銘の徳富蘆花さんは、又吉さんのお父様も徳富さんのうたや言葉を愛しておられたそうです。
それで、徳富さんの本名「健次郎」を息子さんに名付けられたそうです。
又吉健次郎さんの詩の才にはこんな名付け縁が隠されていたんですね。
これからもすばらしい詩がうまれてくることを楽しみにしています。
Posted by ハナオ at 2006年02月12日 08:28
はじめまして、小松紀子です。工房日誌に水甕をとりあげていただきありがとうございます。もう一度父に会ったような気がします。こんど沖縄にいくときはお訪ねしたく思います。
Posted by 小松紀子 at 2006年02月15日 11:47