2006年05月02日

お知らせ その二

コメントを書いてくださった皆様、ありがとうございます。
人手不足の為、しばらくブログはお休みさせて頂きます。


4月19日に工房にいらっしゃいました、やました様。
お手数ですが工房までご連絡下さい。  

2006年04月15日

おしらせ

今週のブログはお休みさせていただきます。


  

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2006年04月08日

環境

染色家の方が言いました。昔のように絹糸がとれないから、染物はもう昔にかえらないと。



ふ化した蚕(かいこ)は桑の葉を食べます。戦前は沖縄の小学校でも飼っていました。やわらかな葉を食べ、4,5日食べたら休み、眠り、脱皮します。
ふ化した時に比べて、体長は25倍、体重は10,000倍になります。やがて口から糸を吐き出してマユを作ります。



その染色家の方が言いました。桑の質が環境によって変わり蚕そのものの体質が昔と違う。だから絹糸はもう昔のものではない。

紅型工芸家の方がいいました。昔のような色彩や質はつくれませんよ。今は空気や水が昔と同じものではないからと。

金細工はどうだろうか、吹子(ふいご)の父とバーナーの私。木炭とガソリンの違い。安易にかわる環境の中で金細工の原型をのこしていくには……、私はあまりにも小さい……いろいろな思惑が思惑にかさなっていたころ!!








環境がかわり

蚕がかわり

もう昔の絹糸はとれない


   

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2006年04月01日

ジーファー

先週、沖縄市から、いつか作る人に会って、作る人の手もとでじかに見たいとジーファーを買いにお客さんがみえました。匿名希望なので、”美里さん”と呼びます。



うりざね顔が貴族、小ぶりの丸顔が庶民のジーファーです。いずれも女性を象徴したもので、世界に類をみない形です。


美里さん「貴族のものはすらっとして、普通の人のものはころっと可愛いですね。
       髪に優しそうですね。私に一本作ってください。」

 私   「喜んで、と言いたいのですが、手もとになく、何本か約束があるのでいつになるか…。」

美里さん「髪にさしていいですか」

      豊かに髪をたばねて、ジーファーをさした後ろ姿を鏡にみて、ほっと溜息をつきました。

美里さん「ご無理でも、是非欲しいです。
       これを身につけると、ほんとに沖縄に生れてよかった。そんな気がして」





私は、一日の始まりに、一日の想いをこめて、髪を解き、結い、かんざしをさした情景を思い出しました。
それは母でした。

 私   「限られたなかで、作る時間があれば、それは後を継ぐ者を育てる時間に使いたい。
      1本を10本に残すようにしたい。これが今の私の仕事です。」

美里さん「みんながもっと前から日常生活の中に琉球の独自の文化をとりいれていたら、
      もっと残っていたのかもしれませんね。
      私たちが職人さんが居られない、育たない環境にしたのかもしれません。」

 私   「どんなに時代や環境が変わっても、私は代々の技と形、
      結び指輪、結びかんざし、房指輪を一個でも多く残さなくては」





これは父が結び指輪をもとに作った結びかんざしです。野に咲く一本の草花のようで、後世に伝えたいものの一つです。


  真心ゆくみで 結び指輪(いびがに)や

      代々ぬある限り 残しぶさん


                               母 マカ



ホームページを見てきた美里さんとは初めて会ったのに、まるで10年の知己のように、琉球文化のいろいろ、今どきの流行のいろいろ、話しました。結びかんざしを一本、作ることになりました。





       美里さんありがとう

         来てくれて

         話ができて


    

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2006年03月25日

足元

 
  足元から 気立てのよい

    こころとからだ


フットケアの門脇洋子さんからいただいた言葉です



これが私の足もと。手もと。膝もと。座もとです。
5尺の間取り、私の場所です。

「まず身近なところから、身近なことを始めるがよい」と父の言葉。

「家狭しといえども、歩して永遠を思うにたりる」
この一節は亡き玉城仙一さんの座右の銘です。

身を置く場所は狭しといえども、古きをたずね、新しきを知るにたりる。

3月は足もと、手もとをはなれ巣立つ若者の季節



八重山諸島に棲む一羽の大鷲が深山の古木アコーに七羽のひなをふ化し育てました。


   綾羽(あやばに)ば生(ま)らしようり

     びいる羽(ばに)ば産(しい)たしようり


             バスイヌトゥルィヨー
                 ニガユナバスイ





冬を越え、やがて迎えた元旦の朝ばらけ、親鳥は大きな翼をひろげて、七羽の若鶏たちをしたがえ、太陽をめざして、東の空に飛び立ちました。


   東(あがる)かい飛(と)ぶいつけ

     太陽(ていだ)ばかめ舞(ま)いつけ


             バスイヌトゥルィヨー
                 ニガユナバスイ



私の好きな鷲鳥節(ばしぬといぶし)です。
古木と大鷲とひなと太陽を詠った一種の象徴詩。旋律は荘重なおもむきで、これほどスケールの大きい民謡はほかにはありません。
トバラーマと並んで代表的な八重山民謡。
祝いの座で歌われます。


そして
今朝3月25日の朝刊です!!




八重山商工が初戦突破。   

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2006年03月18日

沿岸

おきなわ 大海に

浮きゃ がたる郡の島

188の島々




天に鳴響(とよ)む 太陽の

東の方の

神々の島 にらいかない

その霊力果報(せぢかふう)をうけた

母なる海の 生命(いのち)たち










雲間から この島をみた

渡り鳥は

舞い下りて羽をやすめることを

ためらい

あきらめ

遠くへ飛びさった






耳を傾け 目をそむけずに

今 選ぶことは

未来を選ぶこと








波に抱かれて 島の唄を唄へば

ホロホロ涙が こぼれおちる

ここはお国か 波の音もなくて

叫んでみたけど 届かぬ想い

お〜い お〜い お〜い 波

お〜い お〜い お〜い また

お〜い お〜い お〜い 波


答えておくれ


どんと 「波」より
  

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2006年03月11日

親善大使

健康、努力、敬愛



東京都東村山市の桜華女子学院


沖縄の歴史や自然、文化などに関する研究テーマのもとに、「あらゆることに挑戦し、体験を積み自分の個性、能力を見出し、それを伸ばしていきたい」と二年生の永田梨奈さん、吉本真梨さん、四條里恵さんが3月8日工房に見学に来ました。



黒い髪に清楚な制服。感性豊かで「知、徳、体」の調和のとれた新しい時代にふさわしい女性を育成する学校の理念がよく表れています。夢多い可憐な少女達です。

「テーマは何故、金細工なの?」
「沖縄のお菓子やフルーツにも興味がありましたけど、でも、この銀の細い形がとても印象的だったので」



私は金細工の歴史、今日から明日へ。ジーファー(かんざし)の一本でさしとめるシンプルな機能、気品のある線の造形、エピソード、琉歌について話しました。

質問の言葉のやりとりも明快で心地よかった。
彼女たちはこの感想文をブログにのせたい、私のわがままを快くきいてくれました。


又吉さんの話をきいて、かんざしの伝統はすごいなと思いました。かんざしはまず作るときに基本の型がしっかりしてなくてはいけなくて、その基本の型が0.1mmでもずれていたら失敗作と言っていました。私は、そんなささいな間違いにも買う人は気付かないんだから気にしなくてもいいのにと思いましたが、それほど又吉さんは、伝統というものを誇りに思っていて、金細工を作るときも真剣な面持ちでした。又吉さんの工房には、金細工を受け継ぐ継承者がいないと言っていました。私は、金細工のよい所を知っていて、金細工を作る事に誇りを持っている人に継承者になって欲しいなと思いました。私がこの又吉さんの工房に来たのも何かの縁なのかなと思いました。今書いたこの感想文を誰かが読んでくれて、又吉さんの作った金細工に興味を持ってもらえたらすごい嬉しいです。また機会があったら会いに行きます。そのときになって、継承者にめぐり逢えたらいいですね。頑張って下さい。
吉本真梨



かんざしは、ずっと昔からあるものなのに、今では形が変わってしまっていて、昔とは違うものになってしまっている。ここでは昔のまま形を大切にして、その思いがなんとなく伝わってきた。昔の形を大切にするって何か良いなぁと思った。自分達が今、普通に使っているものも伝統が、あったりするんだなぁとか、作っている人はどんな思いを込めて作っているんだろうなんて考えると大切に使いたいなぁと思った。昔のままの形を作っている所は殆どなく、ここでしか作ってないかもしれないということを知ったのも、ここに来てよかったなぁと本当に思ったし、勉強になったと思う。実際に話をきいてみて思っていたより楽しくって、色々知れて嬉しかった。もう、こんな機会はないだろうと思うと、ちゃんと頭に入れよう。とか、もっといっぱい知りたいとかいう思いでいっぱいになりました。本当に興味を持って話しをきくことができ、とても嬉しかったです。ぜひ、伝統を受け継いでいってほしいと思いました。
永田梨奈



金細工のついて学んでみて、金細工の作り方があって、その作り方というのは200年前から変わらずに受け継がれています。採寸の狂いもなく作られて、女型というかんざしが作られています。しかし、金細工というのは、昔からあるのに、今ではほとんどの人が知りません。工芸の専門の人でも知らないので、現在作ってるのは、この工房しかありません。なので、この工房が無くなると、昔からの伝統や作り方が無くなってしまいます。そういう話を聞いてみて、琉球王朝時代からの伝統を無くすことは、日本の遺産を無くすことになるので、とてももったいないです。現在では後継者がいないので、次の世代に受け継ぐことができません。なので、私達が金細工の事を知って、広めていき、1人でも受け継ぐ人をつくって、その伝統を守ることが大切だと思います。貴重なお話しを聞かせていただき、本当にありがとうございました。
四條里恵



私は読みおわって、もう一度、金床金槌を前にした三人の笑顔をみました。

  

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2006年03月04日

韻律(いんりつ)

雲分けて風や 白波ん立てて
島々ぬ暮らし 銀(なんじぁ)染めて



工房は銀一色です。
私は重めの金槌で音高く連座する弟子は、軽めの金槌で音低く、銀の韻律を奏でます。聞く人にはピアノの連弾に聞こえるかもしれません。



昨年、暮れからピアノを弾き始めました。あたりをはばかりながらの、ひそかな楽しみです。王朝時代の名残を語る金細工が70になっての手習いです。



鍵盤にドレミの文字を書いたカラーシールをはりつけて色を見て音が出るようにしました。
正しい姿ー坂を登りつめた腰をなだめ、しっかり座りました。
指のかたちー節々の固い指を撫でのばしました。
楽譜を見ると…。

『一つの小節に四分音符が4つの4拍子。
 1、2、3、4とかぞえます。
 リピートにぶつかったらもう一度、戻ります。』

手拍子しか分からない私には難解な導入文です。何度、読んでも分かりません。そこで記号を指の文字に代えておぼえました。

ミ ミ ミ ファ ミ レ  ドーレ ドーレ
中 中 中 薬  中 人  親 人 親 人


ミは中指、ファは薬指、ドは親指、レは人差し指、シは小指。にわかに親しくなり、指運びがうまくいきました。ポロンポロン音が出て、声にすると「てぃんさぐの花」になりました。



さて、今度は両手の練習です。ところが脳の指令で、いかようにも機能する筈の右手と左手が鍵盤の上で反目しあったのです。おたがいの行く道を主張したのです。
「お前はここにくるな」「勝手にしろ、お前こそ近寄るな」
両手の練習はあきらめました。右手1本にすることにしました。




銀細工もピアノも正しい指のかたちで。
右も左も私の手です。



ながい年月、作りつづけた金細工の古い手が
鍵盤の上で童謡の音を拾って歌いました。


月の砂漠を はるばると
旅のらくだがゆきました
金と銀の鞍おいて
二つならんでゆきました




よしちゃん 有難う

実はこのキーボードは元ネーネーズのねーねー、こやまよしこ君からいただいたものです。私が「もしもピアノが弾けたなら」を口ずさんだ翌日、細い腕で担ぎこんでくれた物です。
いつの日か、私のピアノ伴奏で、よしちゃんが「月ぬ美しや」を歌う夢をみて、叶わぬ夢をみながら、今日も「十九の春」をポロンポロン弾きました。  

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2006年02月25日

残る者、残される物


20年も前のことです。 ある大手デパートの企画担当の方が東京から訪ねて来られ開口一番、こう言いました。

「陶芸・漆器・型染・織物・ガラスなどの伝統工芸は全国各地に異口同音でみられますが、昔ながらの銀細工はほとんどいない。でも、沖縄には幻の職人さんが いると聞いて来たんですが・・・・」

「私は幻ですか?手にもつ金槌は見えませんか」と笑ったことがあります。


ところが、この頃「金細工幻説」が頭をよぎる時があるのです。手を休めて、目の前の金床、金槌、木槌をじっとみている時があるのです。

五百年もの長い間、金細工奉行の采配下、王府に仕えた代々の父祖は、その継承の道具を戦争で失い、工程図を焼滅した今では系図の上で見るにとどまり、その功績をうかがい知ることはできません。

最近になって私は、時の流れを肌で感じます。工房を抱え込んで流れていく悠久の時を感じます。

十数年前には、首里城下町の、わが家の石垣には羽音うるさくアーケージュー(赤とんぼ)が飛び交い、庭には花が蝶を呼んでいましたが、今は消え、代わりに所ひしめく駐車があります。
街角にあった、あばぁのまちやぐぁ(雑貨店)は跡形もなくなり、代わりに24時間営業のコンビニがあります。


座間味島沖では例年1月~4月頃に大遊回してやってくるザトウクジラのホエールウォッチングが、沖縄の冬の風物詩です。

沖縄県南西諸島に古くから生息していたジュゴンは近年、分布域が狭まれ、今では沖縄本島沿岸部にごく数少ないジュゴンが生息していて、非常に危機的な状況にあるということです。

時の神、自然淘汰、ご時世、温故知新、国家予算、人間の営み、IT産業、基地問題



ここ数年の私は、毎日の新聞を1面からテレビ番組まで隅なく読みます。東西南北、海に囲まれた沖縄本島の沿岸に、何が残され、何が消えるのか、それを活字の行間に嗅ぐように読みます。

            

                                        絵:孫の風音
               
               
孫たちの世代を想います                
  

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2006年02月18日

花一匁





誰でも口ずさむ懐かしい童謡「はないちもんめ」をいちど絵にしたかったので、庭の花を小皿にのせてみました。ちょうど一匁(いちもんめ)です。


勝ってうれしい花一匁 負けて悔しい花一匁
となりのおばさんちょっときておくれ 鬼が怖くて行かれない 
お布団かぶってちょっと来ておくれ お布団ぼろぼろ行かれない
お釜かぶってちょっと来ておくれ お釜そこ抜け行かれい
びんぼ びんぼ びんぼ びんぼじゃないよ
あの子が欲しい あの子じゃわからん
この子が欲しい この子じゃわからん
相談しよう そうしよう  きーまった 
カン吉が欲しい カン吉が欲しい 
<じゃんけんぽん>



                 絵 孫の風音







長さ21cmの棹には匁(もんめ)、分(ふん、ぶ)、厘(りん)の目盛が20匁まで刻まれています。
どなたか、この匁計りを手にしてみませんか。
目に見える形のあるものだけでなく、目に見えない形のないものでも皿にのせて計ってみたい軽い衝動にかられます。

月満ちる光は皿の上で円錐形にになるでしょう。
虹駆ける夢は工房をつきぬけて、人恋うる想いは天秤にかけられません。

幾世紀を経た道具は姿形が変わることなく、時の色や匂いをにじませていて、ほのぼのとしたロマンがあります。



これはまったく余談になりますが、この頃、朝夕、肝交わち語るカン吉のことが気になり



やっぱり太り気味です。朝の散歩が20分短く運動不足のせいか、いやいや3時のアイスクリームのおやつのせいか、カン吉にも花も実もあるものにしてあげたいので心します。



  

2006年02月11日

水甕







今帰仁に生まれ、京都で功をなした玉城仙一さんの著書「水甕」を主題にした琉歌です。

「父の一生は水を汲むことから始まりました。」と四女の小松紀子さんの序文でつづる「水甕」は玉城仙一さんが九十七才になるまでの細い、長い、曲がりくねった道筋、明治、大正、昭和、平成の四代にわたる自筆の「自分史」をカジマヤーを迎えて一冊の本にまとめあげたものです。

       


百一歳の長寿をまっとうされ、今年の一月に一周忌をおえた玉城仙一さんは明治三十八年に沖縄県国頭郡今帰仁に生れました。
「尋常小学校高等科を卒業するために、母は毎日一升の大豆を仕入れ、二升の豆腐を作って門で売り、私はたくさんの焚き物を拾い集めました。」
母と子の暮らしぶりは、明治の、沖縄の、山原の質素な生活風景をそのまま伝えていて、いたく感銘をうけました。

     

郷愁を呼ぶ昔の松林と浜辺




本の目次は「小学生の頃」「大阪へ」「京都へ」と移り語ります。

「生まれ故郷を出て来て、大都会の日常生活や仕事は見るもの、聞くもの、すべて途惑うばかりでした。失意と心機一転をくりかえしながらも、その土地に同化することを心がけ、多くの人に出会いました。多くのことを学びました。」

苦節六十余年、玉城仙一さんは平成の新世紀になって、京都上植野に、ついの住み家をさだめました。その庭に水甕をすえ置き、水を飲んでいる鳥の姿を見て目を細め、少しでも水が減っていると家人を強く叱りつけました。
  「鳥が水を飲みにくそうにしているやないか!」


十三世紀に築かれた神のグスク今帰仁城




今帰仁生まれの、京の翁・玉城仙一さんはこう言いました。
「今日までの私を支えてくれたのは、世界遺産になる以前から生涯を通して今帰仁城でした。いつ、どこにいても沖縄人(うちなんちゅう)を誇りに思い、それが心のより所、大きな支えだったのです。」



玉城仙一さんの座右の銘です。

私の敬愛する玉城仙一さんとの出会いが私の琉歌「水甕」になりました。
スージーとこやまよしこの二人は折々のライブで歌っております。  

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2006年02月04日

若水

 

銀の柄の酒器、金・銀一対の盃、そして小瓶のお水。これが今週のテーマです。

1月3日に火の神を祀り、吹子(ふいご)で火をおこしたのが、今年の仕事初めでした。そして、正月の松のうちの間に、おもいもよらぬ事。首里城献上のお水がとどいたのです。私はおもわず壁の父の写真に目をやり、それをふいごの上にお供えしました。


 

金細工の歴史は古く尚真王時代(1500年)にさかのぼります。代々の祖は金細工奉行の采配下、守礼の門近くで王府の抱え職人として勤めてきました。最も重要な仕事のひとつとして、儀式用の簪(ジーファー)を造り、それを聞得大君(王妃)に献上、ノロに与えられました。写真のお水は首里王府と金細工とノロの絆の一端を象徴しているのです。


 

昨年12月25日「首里王府への美御水(ヌービー)奉納祭が行われました。 ※平成10年、120年ぶりに復活。今回で7回目の由緒ある行事でした。
辺戸大川の御水を首里城に持ち帰り、元旦に若水として王自身が額につける「水撫で(ウビディ)」。火の神や神棚に供えて、万民の泰平と健康を祈願したということです。
今回は儀式に4人のお供をしたがえる祝女(ノロ)に選ばれたのが美良樹吟呼(みらいぎんこ)さんでした。
その人が小瓶に入れたお水を工房に持ち寄ってくれました。道案内したのが蝶でした。20年ほど前に何かの機縁で私からもらった房指輪の七つの飾りのひとつ銀の蝶が工房に導いてくれたのです。そして、これまでのいきさつを話してくれました。


 

祝女の大役を仰せつかせた美良樹さんは4人のお供、王府役人7人を従えて、長い道行列(みちじゅねー)を重ねて、辺戸の大川にたどりつき、「あすむい祭り」(首里王府お水取り祭り)を行いました。シチヤラ御嶽で辺り粛とした中でお水を摘みとり、幾度となく祈願もくりかえされました。

 

摘みあげたお水を小瓶に入れ、かごに乗せて、首里城に向かいました。長い道程の一行を見守っていた金城みつこさんは」こう話していました。
「道行きを共にした知人は足元から虹が出たと言う。もう一人の方は虹の中に虹を見た。でも不思議な事ようにも思えず、なにか崇高な気分でした。と言っていた。金城さんご自身も七つの虹をみ、辺戸に辿り着くまで連なって見えた。」
虹は鳥を呼び、粛とした道行列(みちじゅね)だったようです。


 

この頃、私は金細工の縦の系譜と横の広がりの交わりにある自分を省みます。
一個の結び指輪を作りながら、その由緒を問い、その広がりに思いを込めます。人と物との出会いの中、このブログができたことは良かったと思います。



           

※本文はタイムス住宅新聞社の特集「地域を見つめる」を参考にさせて頂きました。

  

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2006年01月28日

時間の形

 

 左の写真が二週間前の、わが庭の桜。小さな蕾が寒気にふるえていました。
あれから336時間たった今は「日々是れ好日」の花の笑顔が咲いています。
自然の時の流れは一本の小枝に、一枚の花びらに色と形を変えて鮮やかにみえます。

              
                       【古式の婚礼指輪】

 伝統工芸だけではなく、手仕事全般に言えることだと思いますが、それぞれの素材は違っても、刻々変わっていく仕事の形はそのまま時間の経過をみせています。
10分過ぎたら10分の形、1時間、2時間の工程はその工程なりの完成された形の美しさがあり、確かな時間のリズムがあります。

 

 5mmの角状の銀素材を打ち出し、指輪を作ることから始まり、裏と表の両面に同じ力を加えて打ち、厚1mm、巾6mm、長さが5cmから10cmと打ちのばします。それを輪にして指輪です。細い銀線のばし、輪っかの鎖。ポンチを入れて、花、蝶、葉などの七飾りを作ります。
それぞれ異なった作業には時間はひとしく流れ、そのリズムにあわせて作り上げて一個の房指輪を完成させます。

 仕事がとまれば工房の中の時間はとまります。
ある日、客と話しながら結び指輪を作りましたが、同じ客が三日後に来て言いました。
「あの作りかけの指輪、同じところに同じ形のままおかれていますが・・・・・。」
「いやどうも、あれ以来工房の中で私の時間がとまったようです。」
 庭の桜に時間の流れがみえるように、銀細工もできる形のなかに時間の経過が見えます。
そして、同じ経過をたどって、もう一個の房指輪にとりかかります。

               昨日またかくてありけり
               今日もまたかくてありなむ
               この命なにを齷齪
               明日のみを思ふわづらふ

               嗚呼古城なにをか語り
               岸の波なにをか答ふ
               過し世を静かに思へ
               百年もきのふのごとし

                                    島崎藤村【千曲川旅情のうた】

工房の中に孤高の詩人が詠う千曲川は流れていませんが、父祖代々の時間は今なお同じ槌音でその流れを奏でています。

               真心や込めて   結ぶ指輪(いびがに)や

               代々のあるかぎり  残しぶさぬ


                                    先代誠睦の妻マカ  

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2006年01月21日

地平線会議

今週、「地平線会議」の編集長 江本嘉伸氏にお会いして「地平線カレンダー」をいただきました。

題して 「アジア各地の音の風景を訪ねて」



このカレンダーを見た時、出不精でなまけ者の私は首里城下町の工房から、いきなりアジアの真っ只中にすえおかれてびっくり、異国情緒の四季と音楽に目をまわしてしまいました。

地平線会議は、探検・冒険から登山、旅、さらには民族調査やボランティア活動まで、世界を舞台に活動を続けている行動者たちのネットワークです。発足は1979年8月。設立当初は、大学探検部・山岳部の出身者をはじめ、国内・海外のフィールドでの体験をかさねた人たちが中心メンバーでしたが、しだいに一般の人たちの参加も増え、現在では、ごくふつうの勤め人から主婦、リタイヤ組まで、多彩な顔ぶれが活躍しています。

会員制をとらず、事務所も置かず、会則もないなど、あくまでも個人の集合体であるという立場をとっているのが、大きな特徴。すべての活動が、有志の手弁当によって運営されています。

私が手にした12頁の通信誌から、いくつかのコメントやメッセージを紹介しましょう。

※私たちは目先の範囲のことだけで過去への反省もなく、先も見えない未来を作り出しました。後ろ向きと言われても、今までのことを考えよう。さもないと子供はまだひどい目にあい、天災、人災で人命はまだ失われる。
(三輪主彦)

※「犬を見れば世界が見える」旅好きなら犬好きのはず。犬好きに悪人などいる訳がない。(不肖私も100%同意します。)ヨーロッパでは電車にちゃんと犬料金が設定されていてホテルも同伴で泊まれるのが普通だと言う。人と一緒に自由に旅行できる、つまりは、家族の一員としての当然の権利が犬にも認められている。と日本の犬後進国ぶりをなげいています。(私も120%同意)
(滝野沢優子)

※ヒマラヤの高峰の宇宙的な世界に魅了されて登り続けて15年。今は富士山そのものとじっくり向き合うことを楽しみに、富士山のエネルギーと交感します。自然と人が触れ合うことのすばらしさに魅了されています。
(登山家 戸髙雅史)

※アラスカ大学の研究者となり極地の住民となった吉川謙二氏は「バローボーリングプロジェクト」で、50年前と今の地温が同じかどうか、温暖化してるかどうか、などの推定と実測。そのほか「ブルックス山脈地下水変化プロジェクト」「火星永久凍土プロジェクト」などなど多岐の「地球体験」には心から敬意を表したいと思います。一層のご活躍を。

※光管修氏はサウジアラビアから。強烈なオレンジ色の朝日に迎えられた新年のご挨拶。

※「坊ちゃんも百歳ぞなもし冬晴るる」の金井重氏は漱石の「坊ちゃん」がチベット語に翻訳され、波乱万丈の主人公は学生達のハートをとらえたと伝えています。

※今年、沖縄の浜比嘉に移住した杉田晴美さんは「三線」「毛遊び」「エイサー」「泡盛」「ヒジャー」「琉球犬ゴン」との出会いで沖縄チャンプルーの人生を楽しんでおられます。当工房にも遊びに来てください。

東西南北どこ見ても水平線に囲まれた沖縄の島には地平線はありません。ここにはアジアで最も広い軍用基地に張りめぐらされた有刺鉄線があり、その中のエリアは「地球体験」も閉ざされたままでこぼれるほどの情報もえられません。

三日前の新聞。
墜落したF15の飛行訓練が再開。何よりも抑止力が最優先するとの公表でした。

江本さん「地球会議」がここ沖縄で開かれる機会はありませんか?その折には是非参加いたしたいものです。  

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2006年01月14日

沖縄口2

流れゆる水に  桜花うけて
色美らさ(いるじゅらさ) あてど 掬くて 見ちゃる
                      遊里の歌人 吉屋チルー



通常1月下旬から沖縄島北部で開花し始め、沖縄島南部では1~2週間遅れて咲く。




首里のわが工房の桜は、米粒ほどの蕾です。


さて、前回の出題の解答からまいりましょう。

○犬 イン   
琉球語には日本後には少ない「ン」で始まり、「ン」で終わる言葉はたくさんあります。
昔(ンカシ)、銭(ジン)がそうです。
「ン」で終わっても、「ン」で始まる言葉のしりとりもできます。

○猫 マヤー
沖縄民謡には「与那国ぬマヤー小(ぐぁ)」があります。
「底の家の犬と中の家の猫が太陽の橋へて・・・・」テンポのいい唄です。

○豚 ウァー
この発音は大和人の100人のうち90人、今の沖縄の若者たちも「ウァー」と「ワー」の中間の鼻濁音に似た、微妙な発音はできません。

○あかとんぼ アーケージュ
羽のように美しい着物はアーケージュの羽の美ら着物(ちゅらじん)など表現されます。

○蝶 はべる
神の使者ともいわれ、古式の婚礼指輪の七つ飾りのひとつ。紅型の模様にもみられます。

○蛙 アタビ
私の父が言いました。「冗談がすぎると、技は蛙のように口から飛び出してしまう」と諭されました。

犬(イン)、猫(マヤー)、豚(ウァー)、あかとんぼ(アーケージュ)、蝶(はべる)、蛙(アタビ)

沖縄口と大和口の、この発音の違い、語源の違いはタイムスリップして検索しても解答は得られそうにありません。

さて、おなじみの挨拶言葉はどうですか。

○ぐぶりーさびたん  失礼します
○めんそーれ     いらっしゃい
○にふぇーでーびる 有難うございます
○ちゃーびらさい   ごめんください
○はいさい       こんにちは

うちの工房の職人3人は言えます。うちの子供たちは舌たらずで言えます。

今週の沖縄口(うちなーぐち)編。
おしまいは私の好きな黄金言葉(くがにくぅとぅば)をご披露しましょう。

○余い不足  あまいぶすく

反語みたいな言葉ですが、5文字で人生訓を言い当てて妙です。
富めるものには富めるゆえに心にかけるものがあり、飽食は偏食になりがちです。

○慌てぃるなぁか よーんなぁ
よーんなぁは、ゆっくりの意味。
急がばまわれ。銀細工もこの諺が工程にあてはまります。まさに金言です。
ひと打ちごとに全体を見、全体を見て、ひと打ち。
この繰り返しです。



銀細工ではシンプルは普遍のテーマです。  

Posted by 風音 at 14:23Comments(0)TrackBack(0)沖縄口

2006年01月07日

仕事初め



1月4日、仕事初めは儀式のひとつとして、火を起こすことから始まります。火の神は年の末に天に昇り、年の初めに地に戻ってくると言われています。

  

手のひらにひと盛りほどの銀を陶器の小皿ルツボに入れて溶かします。青い炎をあて、ぼうぼうと燃えだすとルツボの中の銀は溶けだして、やがて丸くもりあがり、黄金の光を放ちます。
火の神話を生みだした原始のエネルギーをみることができます。火は万能です。

  

素材はまっとう正直なものだ
打つ人の心のかまえが形になる
欲をだせば ゆがむ
語りかければ 答えてくれる

父、誠睦の教訓です。道具もすべて父手造りのものです。
打つだしの左右の指の使い方、目配り、座る姿勢も父から習いました。でも私の槌音は父のそれとはどこか違うのです。父子相伝の響き、音色ではないのです。
何故だろうか。今年の仕事初めも、昔の音を追っかけることから初まりました。

今日のムーチービーサはただものではありません。冒頭に詠う「光・風・水に咲く花」を吹き散らす寒さです。
地球のエネルギーを貪欲に食い荒らしていたら、神様も怒ります。神々の月日も、まっ平らには照らしてくれません。昨今そんなことが心配です。

※ムーチービーサとは旧暦の12月8日、丁度、今日の寒さをいいます。この日は水にひたした米を粉にしサンニンの葉に包んで鍋で蒸した餅を子供たちの年齢の数だけ部屋につるして鬼を退治、魔物を払って健康を願います。

 

わが工房でも今年五才になる愛犬カン吉の年の数5個のムーチーをつるしました。  

2005年12月24日

Merry X'mas

♪Jingle bells! Jingle bells! Jingle all the way!

  ♪ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
          今日は楽しい クリスマス!


さて今晩はクリスマスイヴ、赤、緑、黄の光につつまれて、サンタの贈り物が楽しみです。
ボクには?銀の首輪かな?ここはひとつ太っ腹にドッグレースのできる庭がほしいなぁ。100メートルを8.5秒をきって走る夢のレースをみせたいなぁ。





ご覧あれ!ありどぅ しゆぃぐしく!! 
(あれが首里城)

手のひらに乗るほどのカン吉の目線を追ってみますと……追って……たどり着くと、そこには首里城が見えます。
工房の南の方に、赤い瓦、赤い壁、赤い柱に金の竜、竜宮城とも言われる首里城が見えました。
愛犬、カン吉は当時、生れて一ヶ月。
あの目、あの顔は確かに首里城を見つめていました。
犬には闇を透かし見る能力があり、視野は人間の数倍になります。ましてや、彼は王様の抱え職人、金細工の末えいですから、くんくん嗅ぎわけて、おおもとの大主を見つけるのはむずかしい事ではないのです。

 ♪波の声もとまれ 風の音もとまれ
    首里天加那志(しゅいてぃんがなし) 御顔拝ま(うかおおがま)

(首里天加那志とは王様の敬称) 恩納なべの詞





2001年3月17日、ゆい籠の中のカン吉、私はただ見つめているだけでした。
言葉もなく見つめていました。

”カン吉”の名前は金細工(かんぜーく)のカンをとり、又吉の吉をとり、カン吉と名づけました。






あれから4ヶ月のちの5月5日、こどもの日に耳が立ちました。バイクに乗りました。空をみあげました。

 ♪空に七色の 虹の橋かけて
    誰よりも先に 渡てぃみぶさ







 ♪夕暮(ゆまんぎ)になりば カン吉と散歩
    一足(ちゅひさ)一足(ちゅひさ)に 
      思い込めてぃ







  ♪朝夕カン吉と 肝(ちむ)交わち語てぃ

     夢にみる道ん 共に歩てぃ



今週のブログは愛(かな)しカン吉との人生讃歌でした。

今年半ばに始めたたどたどしいブログでしたが、来年はもう少し勉強します。来週はお休み。
どうぞ皆さんも良いお年を。  

2005年12月17日

フイゴ祭り

年月(とし)ぬ走(は)いや 馬ぬ走(は)い

駆ける馬のように歳月は過ぎ、今は暖をとる火が恋しい12月の半ばになりました。
 その昔、旧暦11月15日、新暦でいうと、ちょうど12月の今頃、金細工や鍛冶屋では
フーチヌカミに花を活け、お茶をあげて祀るフイゴ祭りが行われました。



耳慣れない吹子・フイゴは一種の送風機で、またの名をフーチョーパンチョーとも呼ばれています。箱状の本体の前と後ろに小さな窓があり、風圧でパンチョパンチョとお伽噺のような音を出すので風変わりな名前がつけられました。全国でも5指の数もない珍しい貴重なものです。
これが、わが工房にも鎮座ましまして、まるで工房主みたいな存在感です。



目を射る黄金の炎、パチパチはぜる音、飛びかう火花。
昔の物の原型はその中から生まれたのでしょう。もう一度呼び戻したい熱と光です。
現在はガソリンバーナーを使っています。今週、県立博物館の学芸員の方が訪ねてみえました。
このフイゴがお目当てでした。新都心に新しい博物館の建設が予定されていて、
そこで、500年の歴史をもつ金細工の一端を復元したいご意向のようでした。
復元といえば、昔のフイゴ祭りもみたいものです。年の暮れで、寒い季節になると、金細工や鍛冶屋は火を抱くような仕事をしているので、この時期にフイゴ祭りが行われたようです。
その日は主人や職人達が集まって、まずカンカンカンと金床を、三回打つことから始まったといいます。なんとものどかなものです。でも、お供え膳料理はものすごいものです。ものの本によりますと、金槌などの道具と一緒に、口にツバキの葉をくわえさせた豚の頭をまるごとお供えしたといいますから。言葉ではいえない祭事への想い入れです。ところがフイゴの神様は女でありありながら女嫌いだったようです。はじめに女の客が来ると塩をまいてお払いしたと言います。
女を嫌うのは職人達が女を見ると心を乱し、よく焼けないまま金槌を打つので、いいものが出来ないというのがその理由でした。当工房ではこれは困ります。今は女性が身につける銀細工を作るのが仕事ですから、女嫌いの神様は困ります。昔ながらの婚礼指輪、房指輪を手にして、
『あぁ、沖縄に生まれてよかった』とおっしゃった女性の方がいて、私も『あぁ、金細工職人に生れてよかった』と感動したのが、つい先週のことだったのですから。


 ♪ 吹子(ふうち)ふち火花  顔にふち飛ばち

      芸ぬ奥ふかさ 道やあぐでぃ


77歳の時の父の琉歌です。



 ♪ 父親(うや)ぬ言葉(いくとば)や 銀(なんじゃ)色美(いろじゅ)らさ

      肝とめて我(わん)や  後に残さ



さて来週は・・・・・?  

2005年12月10日

沖縄口(うちなあぐち)

沖縄人(うちなんちゅ)は沖縄口(うちなあぐち)を方言と呼ぶことを好みません。本土の一地方の方言ではなく、英語や中国語のように独立国の独立語として自らを認めているのです。
その誇り高き沖縄口(うちなあぐち)も、今から75年前には学校で方言を使ったら、それをいましめる罰として方言札を首から吊り下げられるという屈辱の歴史があるのです。今は沖縄を象徴する文化として大事にしています。そして、日々衰退していく沖縄口(うちなあぐち)をもう一度よみがえらせたい、母親(あんまあ)、祖母(はーめー)たちが子や孫に織った着物をもういちど身につけたい想いで、ゆたかなひろがりを願っています。
琉球民謡が北海道でもきかれて、琉球舞踊が東京のひのき舞台で観られるようになりました。その夢も現実のものです。

沖縄言葉を一つ一つ拾ってみて下さい。なかなか味わい深い(味くぅたぁ)ものですよ。


 東はアガリ、西はイリ、北はニシ、南はフェ

太陽の昇り、沈みをみるおもいです。


では1から5までの単純な数字を沖縄口で言ってみましょう。
 1   2   3   4   5

工房の大阪生まれ育ち妹弟子はさすが金細工(かんぜーくー)すらすら言えましたよ。

 てぃち   たーち   みーち   ゆーち   いちち



ではこれはどうですか?

 1.今日 2.明日 3.明後日 4.しあさって 5.昨日 6.一昨日

この日用語は私も言えました。

 1.ちゅー 2.あちゃー 3.あさてぃ 4.あさてぃぬなーちや 5.ちぬー 6.うってぃー


さて動物や昆虫はどうでしょう?

 1.犬 2.猫 3.豚 4.あかとんぼ 5.蝶 6.蛙

これは出題にしましょうか
答えは次回の沖縄口講座で?


豚を発音したら、この人は大和人(やまとんちゅ)、沖縄人(うちなんちゅ)ではないとすぐ聞き分けれます。沖縄口の面白さです。


日めくり暦もあと22枚。気忙しい師走です。
遠い幼い月日を呼びもどして沖縄の童謡を歌ってみませんか?


  ♪とーとーめーさい とーとーめー

   うんじゅう まーかい

   めんせーが

   西ぬ海かい ガニ小(ぐあ)取いが

   わんねー 行ちゅん

   ガニ小取てぃ ぬすが

   我うないに 呉(くい)ゆん

   汝(いやー)うないや誰(た)やが

   十五夜 お月




(訳)お月さま お月さま

   あなたはどこへ

   いらっしゃるのですか

   西の海へ蟹を取りに

   私は行きます

   蟹を取って何をするのですか

   私の妹にあげるのさ

   あなたの妹はどなたですか

   十五夜お月さんですよ




  月桃の実 サンニン


  蝶 ハベル


  花 ハナ


  芭蕉の葉 バサー


  魚 イユ  

Posted by 風音 at 14:08Comments(2)TrackBack(0)沖縄口

2005年12月03日

田園風景



この写真は、季節はずれとはいえ、誰でも内に持つノスタルジアのひとコマ、光、風、水と人との光景です。
実は千葉県の、みーみというみずみずしい若みどりの女の子からメールをもらったので、このブログを借りて元気の便りをしたかったのです。

千葉県長生郡長柄町の”田んぼワークショップ”はスペースマンこと中野雅蔵さんご一家が自分で五月の田植え、秋の収穫を楽しんでもらおうと、参加者を募って年1回行われます。
キャッチフレーズは<田んぼに足を入れるだけで自分のお米が手に入ります>。

私は昨年スペースマンにお会いしました。
話せば長いことになりますが、当工房では十年もの間、シルクロードならぬ、シルバーロードをたどり、福岡、山口、京都、大阪、東京へと金細工展示の旅を重ねていくうちに、平成16年、遂にお米どころ千葉県の田園風景に出会ったのです。道案内は、島ぬ唄女(いなぐ)こやまよしこさんでした。
どうです、皆さんも参加してみませんか!


【お気楽コース】  
あらかじめ参加者に割り当てられた田んぼの1区画(広さは約20坪ぐらいから)を
参加者みずからが責任を持って
①田植え,②田の草取り(3回)、③刈り取りまで行います。

・実施場所
千葉県長生郡長柄町 谷津田


田植え

まだ幼い稲の苗を大地に下すお田植えの儀です。 田植えのための苗は主催者が1箱分用意します.品種はコシヒカリです。自分で育成した苗を持ち込んでも、もちろんOKです。毎年ゴールデンウィーク(4/28~5/5)の期間中にとりおこないます。2人で3時間ぐらいはかかります。


田の草とり

1回目は田植えの2、3週間後(その年の気温によって違います)5月20日ごろにやります。 まだ草の芽は小さいですが、この時期にきっちりやるかやらないかでアトアトだいぶ差が出ます。 2回目は6月5日前後、3回目は6月20日前後です。これはあくまで目安ですので 事前に確認をお願いしてます。助っ人頼んだほうが楽です。


刈り取り(稲刈り)

房総は9月の初旬にはもう収穫します。稲刈り用の鎌で刈り取りして、昨年のわらをすこし水に浸して、束ねてゆきます。天候に恵まれますと、スムーズに作業もかどりますが、足場がゆるいと手こずります。人数多い方が楽しめます。束ねた稲は竹を組んで架けます。お天気が続けば1週間ぐらいで乾きますが、最近は秋雨前線が居座ったり、台風が必ずやってくるので油断がなりません。タイミングに一番神経使います。



      ♪ 始めてどやしが   あん美らさ(ちゅらさ)豊かて(ゆかて)

              島に持ち帰えて    自慢話




http://takalagula.at.infoseek.co.jp/index.html



千葉の展示会には、田んぼワークショップの参加者や、奥さんのアロマ教室の生徒さんが大勢見えて、銀の稲穂を実らせたように楽しく賑やかでした。
お客さんの中には、七房飾りのペンダントを首からかけて「ああ、天と地が繋がった!」と感動していた方も忘れません。

今日は爽やかなブログができました。
ペンの運びも野を駈けるうさぎのようでした。



    ♪ 水溜みる地球に(みじたみる ふしに) 流りゆる風や(ながりゆる かじや)

            心穏やしく (くくるなだやしく )   波紋ひるぎ(はもんひるぎ) 





人生は多くの人の出会いでこんな結び花が咲きます。

  

Posted by 風音 at 10:54Comments(0)TrackBack(0)