2011年11月29日
女子高校生の皆さんから届いた感想文
17歳、それとも18歳なのかな、
先日、工房を訪ねてくださった浦添工業高等学校の生徒さんたちから、
感想文が届きました。
今日は、
彼女たちが感じたこと、
彼女たちの言葉を、ご紹介させていただきます。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
想像していたのとは全くちがって可愛いデザインのものばかりで驚きました!
500年もの歴史があるとはとても思えませんでした。結び指輪欲しいです。
(糸数レイナさん)
新しいものばっかりじゃんくて、
古いものを大切にすることは素敵なことだというのが分かりました。
(小嶺柚衣さん)
何百年前の物を、形そのままに今作ってるってとってもすごい事だと思う。けんじろうさんみたいに残していく人達が居ないとどんどん歴史が伝えれなくなってしまうし消えてしまう。それはさみしい事だから、けんじろうさんみたいな人がもっともっと増えたら良いです。弟子にさせて下さい。 (西平萌恵さん)

ジーファー、結び指輪の歴史とか知れてよかったです。作っているところとか、ジーファーとかみてすごいし、きれいでかわいかったです。また行きたいです。 (松原雅さん)
予想よりも工房が大きくなくて、作業中の音(リズム)とか、工房と、造っている人達の雰囲気、その場の雰囲気が、心地いい感じがしました。一つ一つを人間の手でつくり上げていくことに感動したし、何をみてもキレイで、一つ一つの存在感が凄かったです。 (花城実奈さん)
歴史や伝統を変えず引き継いでいてすごい! とてもむずかしそうでこまかいのに、みんなキレイなものばかりだった。お父さんの話もなんだか感動しました。 (濱崎友香さん)
色々な細かい作業があり、私には真似できないなぁと思いました。でも、どれも一つ一つがすてきな作品で、これからもあり続ける伝統工芸であってほしいです。健次郎さんもとても優しくて可愛い人で又、会いに行きたいと思いました。 (外間槙さん)
またよしさんの話を聞いて、人生について考えさせられました。リズムの音とか、とてもここちよかったです。カン吉君にもよろしくどうぞ。 (山里春華さん)

戦争が終わってしまった後に、各地域にあった金細工もなくなりかけてしまっていても、又吉さんのお父さんや又吉さんの、この金細工にかける思いの強さで復活することができた金細工を、職人も、それを身につける沖縄の人も、大事にしていくべきだなと感じました。 (與那嶺奈々さん)
作品の1つ1つが世界にひとつだけのもので、その1つ1つに、愛をもってつくっていく。作品づくりで1番大切だと思うこともあらためて感じました。私が結婚したとき、又吉さんのつくったゆびわ買いたいです。 (入嵩西麻衣さん)
房指輪の1つ1つの形に意味があって、どれもとってもキレイだなって思いました。指輪だけでなくて、ピアスもあって花の形のピアスが可愛くて欲しくなりました。これからもずっとずっと続いていってほしいなって思いました。 (後野彩花さん)
金細工って何だろうと思っていました。金細工またよしに着くまで想像してみましたが結局思いつかず、どんなものかすごく楽しみでした。着いて作品を見てみると、沖縄の伝統そのものを現したかのような工芸品でとても驚きました。 (佐久本希さん)
とってもかわいい金細工ばかりで、素直に、ジーファー買いたくなりました!このたたいてする作業の時の音が好きになりました。自分で作ってみたくなったし、普段から使ってみたいです。 (玉城鈴さん)
金細工をつくるには色々な技術と長年つちかってきた感覚が大事だんだと思いました。年々後継者が少なくなっていると聞き、とても悲しくなりました。「金細工」というものをみんなに知ってほしいと思いました。 (玉城あつきさん)
作るのにあんなに手間もかかって、時間もかかるって大変だなと思いました。沖縄で最後の場所で終わらすんでなく、これから広めてほしいです! 弟子さん達も、又吉さんみたいな職人になって沖縄に広めてほしいです。 (仲村愛さん)

こんなに素晴らしい伝統工芸と、工房があるのに、今まで全く知らなかったことを後悔しました。婚礼指輪として房指輪を贈ることや、女の子が生まれたらジーファーを誕生祝いとして贈るなど金細工が沖縄の人の生活の中でなじみのあるものになれば素敵だと思います。 (仲本鈴那さん)
昔とかわらない金細工をつくるように心がけていて、それをつくるにも、リズムがあるなどと、細かい作業が多く、すごいなと思いました。金細工は女性のぶんしんと言われていることも知りました。なかでも気になったのが、説明ではありませんでしたが、まがたまがあったことにも興味を持ちました。
(當眞かのこさん)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
感想、ありがとうございました。
楽しく、うれしく読ませていただきました。
またぜひ、工房を訪ねていらしてくださいね。

先日、工房を訪ねてくださった浦添工業高等学校の生徒さんたちから、
感想文が届きました。
今日は、
彼女たちが感じたこと、
彼女たちの言葉を、ご紹介させていただきます。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
想像していたのとは全くちがって可愛いデザインのものばかりで驚きました!
500年もの歴史があるとはとても思えませんでした。結び指輪欲しいです。
(糸数レイナさん)
新しいものばっかりじゃんくて、
古いものを大切にすることは素敵なことだというのが分かりました。
(小嶺柚衣さん)
何百年前の物を、形そのままに今作ってるってとってもすごい事だと思う。けんじろうさんみたいに残していく人達が居ないとどんどん歴史が伝えれなくなってしまうし消えてしまう。それはさみしい事だから、けんじろうさんみたいな人がもっともっと増えたら良いです。弟子にさせて下さい。 (西平萌恵さん)
ジーファー、結び指輪の歴史とか知れてよかったです。作っているところとか、ジーファーとかみてすごいし、きれいでかわいかったです。また行きたいです。 (松原雅さん)
予想よりも工房が大きくなくて、作業中の音(リズム)とか、工房と、造っている人達の雰囲気、その場の雰囲気が、心地いい感じがしました。一つ一つを人間の手でつくり上げていくことに感動したし、何をみてもキレイで、一つ一つの存在感が凄かったです。 (花城実奈さん)
歴史や伝統を変えず引き継いでいてすごい! とてもむずかしそうでこまかいのに、みんなキレイなものばかりだった。お父さんの話もなんだか感動しました。 (濱崎友香さん)
色々な細かい作業があり、私には真似できないなぁと思いました。でも、どれも一つ一つがすてきな作品で、これからもあり続ける伝統工芸であってほしいです。健次郎さんもとても優しくて可愛い人で又、会いに行きたいと思いました。 (外間槙さん)
またよしさんの話を聞いて、人生について考えさせられました。リズムの音とか、とてもここちよかったです。カン吉君にもよろしくどうぞ。 (山里春華さん)
戦争が終わってしまった後に、各地域にあった金細工もなくなりかけてしまっていても、又吉さんのお父さんや又吉さんの、この金細工にかける思いの強さで復活することができた金細工を、職人も、それを身につける沖縄の人も、大事にしていくべきだなと感じました。 (與那嶺奈々さん)
作品の1つ1つが世界にひとつだけのもので、その1つ1つに、愛をもってつくっていく。作品づくりで1番大切だと思うこともあらためて感じました。私が結婚したとき、又吉さんのつくったゆびわ買いたいです。 (入嵩西麻衣さん)
房指輪の1つ1つの形に意味があって、どれもとってもキレイだなって思いました。指輪だけでなくて、ピアスもあって花の形のピアスが可愛くて欲しくなりました。これからもずっとずっと続いていってほしいなって思いました。 (後野彩花さん)
金細工って何だろうと思っていました。金細工またよしに着くまで想像してみましたが結局思いつかず、どんなものかすごく楽しみでした。着いて作品を見てみると、沖縄の伝統そのものを現したかのような工芸品でとても驚きました。 (佐久本希さん)
とってもかわいい金細工ばかりで、素直に、ジーファー買いたくなりました!このたたいてする作業の時の音が好きになりました。自分で作ってみたくなったし、普段から使ってみたいです。 (玉城鈴さん)
金細工をつくるには色々な技術と長年つちかってきた感覚が大事だんだと思いました。年々後継者が少なくなっていると聞き、とても悲しくなりました。「金細工」というものをみんなに知ってほしいと思いました。 (玉城あつきさん)
作るのにあんなに手間もかかって、時間もかかるって大変だなと思いました。沖縄で最後の場所で終わらすんでなく、これから広めてほしいです! 弟子さん達も、又吉さんみたいな職人になって沖縄に広めてほしいです。 (仲村愛さん)

こんなに素晴らしい伝統工芸と、工房があるのに、今まで全く知らなかったことを後悔しました。婚礼指輪として房指輪を贈ることや、女の子が生まれたらジーファーを誕生祝いとして贈るなど金細工が沖縄の人の生活の中でなじみのあるものになれば素敵だと思います。 (仲本鈴那さん)
昔とかわらない金細工をつくるように心がけていて、それをつくるにも、リズムがあるなどと、細かい作業が多く、すごいなと思いました。金細工は女性のぶんしんと言われていることも知りました。なかでも気になったのが、説明ではありませんでしたが、まがたまがあったことにも興味を持ちました。
(當眞かのこさん)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
感想、ありがとうございました。
楽しく、うれしく読ませていただきました。
またぜひ、工房を訪ねていらしてくださいね。

2011年11月19日
沖縄県立浦添工業高等学校
首里にも秋の涼しさがやってくる、
そのほんの少し前のこと。
11月1日と2日「金細工またよし」に、
沖縄本島の高校生たちが訪ねてきてくれました。
沖縄県立浦添工業高等学校の生徒さんたちです。

房指輪を手にとり、
「見た印象よりも軽いね」と、女学生たち。


指にはめ、
にっこり
2日目にいらした生徒さんたちのなかには、
琉装をしたことがある、という方はいらっしゃいませんでした。
ですから、結いあげた髪にジーファーをさしたことがある方はいませんでした。
房指輪をつけたことがあるという方も、
いらっしゃいませんでした。
でもいつか、
どういう形でかは誰も知る由はありませんが
今回いらした彼女たちの指に
この指輪がふたたび触れ揺れることがあったなら
人生のどこかの1ページに寄り添うことがあったなら
素敵だなと思いをめぐらすのです。
そうして、
匁ばかりを手に、
生徒たちに語りかける師匠。

みんな真剣。
銀を溶かしてみましょうね、と師匠。

火のなかで銀を扱う師匠の手元をみつめる
彼女たちの真剣なまなざしは、
なによりの宝物。


いまは、2011年の秋。
首里城に王が君臨する時代の
この街を歩いていた琉装姿の女たちから、
それぞれの青春を謳歌する現代の女子高生たちまで
背景こそ変わりはするものの
人の思いは変わらず
そうゆうなか房指輪や結び指輪
そしてジーファーが受け継がれ
息づき続けることを願う爽やかな午後となりました。
またぜひ、
遊びにいらしてくださいね。

若い息吹の、はなやいだ雰囲気が工房に充満。
明るい未来をみるおもいです。
当工房では、かねてから見習い募集中。
ウチナンチュで通勤の出来る方、男女問わず。
興味のある方は見学かたがた、お訪ね下さい。
住所:那覇市首里石嶺町2-23-1
TEL/FAX 098-884-7301
そのほんの少し前のこと。
11月1日と2日「金細工またよし」に、
沖縄本島の高校生たちが訪ねてきてくれました。
沖縄県立浦添工業高等学校の生徒さんたちです。

房指輪を手にとり、
「見た印象よりも軽いね」と、女学生たち。


指にはめ、
にっこり
2日目にいらした生徒さんたちのなかには、
琉装をしたことがある、という方はいらっしゃいませんでした。
ですから、結いあげた髪にジーファーをさしたことがある方はいませんでした。
房指輪をつけたことがあるという方も、
いらっしゃいませんでした。
でもいつか、
どういう形でかは誰も知る由はありませんが
今回いらした彼女たちの指に
この指輪がふたたび触れ揺れることがあったなら
人生のどこかの1ページに寄り添うことがあったなら
素敵だなと思いをめぐらすのです。
そうして、
匁ばかりを手に、
生徒たちに語りかける師匠。

みんな真剣。
銀を溶かしてみましょうね、と師匠。

火のなかで銀を扱う師匠の手元をみつめる
彼女たちの真剣なまなざしは、
なによりの宝物。

いまは、2011年の秋。
首里城に王が君臨する時代の
この街を歩いていた琉装姿の女たちから、
それぞれの青春を謳歌する現代の女子高生たちまで
背景こそ変わりはするものの
人の思いは変わらず
そうゆうなか房指輪や結び指輪
そしてジーファーが受け継がれ
息づき続けることを願う爽やかな午後となりました。
またぜひ、
遊びにいらしてくださいね。

若い息吹の、はなやいだ雰囲気が工房に充満。
明るい未来をみるおもいです。
当工房では、かねてから見習い募集中。
ウチナンチュで通勤の出来る方、男女問わず。
興味のある方は見学かたがた、お訪ね下さい。
住所:那覇市首里石嶺町2-23-1
TEL/FAX 098-884-7301
2011年01月29日
うちなーいなぐ

1月25日、昨年の8月15日、
終戦記念日以来
久しぶりに、こっこさんの「沖縄タイムス・ライブ・アット・桜坂劇場」
を最後列の左最端でぞんぶんに心を展げて観せてもらいました。
黒と茜色の舞台セットで、躍動する琉球國祭り太鼓の跳ね上がる音響。
そして会場によく透るこっこさんの<歌ぐくる>。
三味線の余韻嫋々の音色もよかった。
何もかもひっくるめて、感激大でした。

元気なこっこさん、ありがとう、でした。
2010年12月25日
メリークリスマス

おひさしぶりです!
更新がとまってしまってごめんなさい。気づけばもう年末ですね。
少し早いですが来年のお話など…
来年の1月15日の「世界ふしぎ発見!」で視聴者プレゼントとして
房指輪が登場しますので、ぜひご覧ください。
今年もいろんな方々が工房に来てくださり、カン吉も大喜びです!
冷え込んできましたが、お体に気をつけてお過ごしください。
それでは皆様、Merry Xmas&A Happy New Year !
2010年08月28日
世界一周

こちらのお2人、実は先日工房にいらっしゃったお客様なのですが…
なんと、バイクで世界一周の旅をしているそうです!
旦那さんがイタリア人のマウリさん、奥さんがウチナーンチュのしずよさんです。
すでに20ヶ国を走っていらっしゃるそうで、見せていただいたアルバムにはそれぞれの国での旅の思い出がたくさんつまっていました。

興味深々の私たちに、アルバムから少しお話をしてくれましたが、
なんせイタリアから沖縄までバイクで旅をしているため、
一言二言で話尽くすことができるわけがありません。
そこで、お2人の旅の軌跡をみることができるブログがあると聞き、
覗いてみました。(マウリさんブログ)
マウリさんはイタリア語、しずよさんは日本語
それぞれの言葉で旅を綴っています
(イタリア語は読めませんでしたが・・・
)ブログをみていると、旅のおもしろさや驚きはもちろんのこと、
行く先々で出会う人々の親切、優しさに感動です。
きっと誰もがあこがれる、世界への旅を実現しているお2人と、
何よりお2人の控えめで優しい人柄に共感しているのでしょうね~
世界にはまだまだいっぱい素敵な出会いが待っているのですね~
10月にはこのお2人の旅の軌跡が本になってイタリアで出版されるそうです。
「また遊びに来ます」とおっしゃったお2人の言葉を信じて、ただひたすら旅の無事を祈るばかりです。

毎日毎日コツコツ同じ作業を繰り返す
この小さな工房にも、たくさんの出会いがあります。
マウリさん、しずよさんのように世界から、
日本各地から、いろんな職業、年齢の方々が
小さな金細工を求めていらっしゃいます。
今後、こうやっていろんなお客さまを紹介していきたいと思います。
2010年08月21日
トップ オブ ライフ

「沖縄タイムス 2010年8月20日掲載」
金細工またよしの叔父に誘われて
8月15日、沖縄コンベンションセンターで開催されたライブへ。
以前から大好きだったCoccoが出るとあって大阪から飛んで行きました。
イベントタイトルは「Forever Blue~かけがえのない未来のために~」。
この少々ぼんやりとしたテーマに蹴りを入れるように
かけがえのないのは、未来よりも今なんだと
Coccoは伝えていたように思います。
「私たちの今って、人生の最先端なんだ。
この一瞬はすぐに過去になるし、
『またね』と手を振って別れた人たちと、また会えるかどうかなんてわからない。
いつだって『Top of Life』なんだよ」と。
呪いのような「三村エレジー」、
海の向こうにもきっと届くに違いない「ニライカナイ」、
インントロと同時に心がぱっと明るく光った「強く儚い者たち」、
ひときわ気高いウチナーグチの「絹ずれ」…。
臨界点ぎりぎりまで全身全霊を声にして放たれた
毒を含んだ言葉ときらきらのメロディが
聴く人の心にダイレクトに届き、どんどん開かれていく。
何だか古代の儀式のような体験でした。

「8月11日発売アルバム『エメラルド』」
誰だって今、自分の人生の最先端を生きているけれど
Coccoはいつも切り立った崖っぷちのような超最先端にいる気がする。
そこでしか見れない風景を見るために。そこにしか咲かない花をつかむために。
その勇気や誇り高さや誠実さが本当に素晴らしくて、少し痛ましくて。
だからこそ、幼なじみでプロのピアニストの直子さんとの曲は
包み込むような優しさとあたたかさにあふれていて素敵でした。
そして、「Coccoは長生きするよ。一緒におばぁになるからね」
という言葉がうれしかった。
大阪から見ると、生命がむんむんと盛り上がっていく楽園みたいな島で
みんながおじぃ、おばぁになるまで一緒に楽しくくらせますように。
誇りを持って最先端を歩みながら、笑顔でいられますように。
ありがとうCocco。
(興南おめでとう!!)

「沖縄タイムス 8月21日号外」
(大阪から飛び入りの)KEIKO
2010年08月06日
わが御主
8月4日の沖縄タイムス朝刊の見出
【泡瀬埋め立て再開へ】
この件については裁判で天下にNO!の断をくだした、筈。
イケ面より人気のある予算の仕分けでもNO!をきめた、筈の、
埋め立て工事に、この度たくさんのお金がいただけることになった
経済団体さんも手のひらをかえし、双手をさしだした。
白洲次郎の「フリンシブル(筋)のない日本」の戦後史が
今、また実証された。


戦後65年の歳月と大自然の自浄力で、沖縄の沿岸には
“波の花咲き 黄金(こがね)・白金(しろがね)くだくる潮路”をみることが
できた、今ー


沖縄近海にはおびただしい数の微生物、魚、タコなど
おなじみの生きものたちが“地球の母のふところ”で生きている。
そして、私も生きている。人間たちも生きている。
生命体は森羅万象ひとしく輝いている。それが、“平等”を
本旨とする“天の配剤”であろう。
しかし、人間たちだけは違う。自然の掟に背を向けている。
それは人間が一番神に近い存在だから許されるという。
私は今日も槌音と同じリズムで自問自答をくりかえしている。
「人間だけが何故?」
そして、その晩の私の食卓には魚が……。
どうしたものか、それはCoccoが歌う<命どぅ宝>の「ニライカナイ」の神様が
答えてくれるだろう。
埋め立てる海は荒い。その波紋はやがて辺野古の
海にも達するだろう。
【泡瀬埋め立て再開へ】
この件については裁判で天下にNO!の断をくだした、筈。
イケ面より人気のある予算の仕分けでもNO!をきめた、筈の、
埋め立て工事に、この度たくさんのお金がいただけることになった
経済団体さんも手のひらをかえし、双手をさしだした。
白洲次郎の「フリンシブル(筋)のない日本」の戦後史が
今、また実証された。


戦後65年の歳月と大自然の自浄力で、沖縄の沿岸には
“波の花咲き 黄金(こがね)・白金(しろがね)くだくる潮路”をみることが
できた、今ー


沖縄近海にはおびただしい数の微生物、魚、タコなど
おなじみの生きものたちが“地球の母のふところ”で生きている。
そして、私も生きている。人間たちも生きている。
生命体は森羅万象ひとしく輝いている。それが、“平等”を
本旨とする“天の配剤”であろう。
しかし、人間たちだけは違う。自然の掟に背を向けている。
それは人間が一番神に近い存在だから許されるという。
私は今日も槌音と同じリズムで自問自答をくりかえしている。
「人間だけが何故?」
そして、その晩の私の食卓には魚が……。
どうしたものか、それはCoccoが歌う<命どぅ宝>の「ニライカナイ」の神様が
答えてくれるだろう。
埋め立てる海は荒い。その波紋はやがて辺野古の
海にも達するだろう。
沖縄のことわざ
物を与えてくれる人が 私の御主人様だ
ありがたや ありがたや
『物呉しっどぅ わが御主』
―むぬくいしどぅ わが うすう―
―むぬくいしどぅ わが うすう―
物を与えてくれる人が 私の御主人様だ
ありがたや ありがたや
2010年07月29日
琉歌とジーファー

―この琉歌を再読、再々読してみてください―
水墨画の女心が揺れています
水墨画の女心が揺れています
乱れ髪であっても、どうして梳くことができようか。
恋しいお方の手枕のなさけなのだから……。
艶かしい歌である。朝、鏡を覗いた。髪が乱れている。しかし、どうして、それに櫛(くし)をとおすことができようか。この乱れ髪には、あのお方の手枕の情けがこもっているのだから……。
黒く艶やかな髪は女性美の象徴であった。結いあげたカラジに銀のジーフヮー(髪挿し)は美しい。その髪が乱れている。しかし、それが恋しいお方との一夜手枕のあとであれば、どうして梳く(すく)ことができようか。鏡の中に櫛を手にした自分の姿を見る女性。堰(せき)を切った奔琉のような激しい心情を見る思いがする。
これは遊女の作ではない。摩文仁朝信妻作とある。摩文仁という姓、「朝」の名乗頭から御殿殿内(うどぅんどぅんち)の妻女である。歌を詠むのに、さむらい、百姓の区別はなかった。それぞれが、人間としての思いが、歌になるのだ。人間すべてが歌人なのだ。
金属文化の“粋”銀のジーファーにはウチナーイナグ(沖縄の女)の分身、その想いが
造形の線で単一的にえがかれています
造形の線で単一的にえがかれています
艶なるうなじ うりざね顔

挿画 船越弘子
奇妙な世の中になり、情緒欠乏症の人間が多くなったと言われていますが、「魂の砂漠化」は避けたいものです。このあたりで、先人が詠んだ恋歌を味わい、心の潤いを豊かにしても、世の中の妨げにはならないと思います。
2007年2月 船越義彰
船越義彰 ニライ社 発行
「琉歌・恋歌の情景」より
「琉歌・恋歌の情景」より
2010年07月14日
音汚し

Coccoさんの感性が弾きだした言葉が飛んできて私の掌にある。
そのなかの<お耳汚し>のタイトルが何とも気になった。その反應で
<音汚し>、つまり金細工の“音”が汚れていないだろうか、考えてみた。
ある染色家の言葉を思い出した。
「染色はもう昔には還らない。何故なら、今の空気や水が汚れて
いるから。その前に、桑の葉が汚れていて、それを食する
蚕自体の体質が変わっているから、その生糸は昔にもどれない」
私は父祖を偲ぶ時、ふと幻想をみ、幻聴をきくことがある。
ありえないことだけど、もし、“純銀”の金床を“純金”の金槌で
打つと、その音は

太陽に響いていくだろう。
もし、“純金”の金床を“純銀”の金槌で打つと、その音は

満月に響いていくだろう。
金細工の“音”は汚れていない。銀線1本、銀板1枚、
銀の輪1個をたんねんに研磨しているのが常だから。
当年19才の女性の弟子はていねいに磨いて、一点の曇りもなく、
心優しい仕上がりだ。

王朝時代の金細工は王冠、神事の酒器、たんすの飾りなど、
金、銀、銅、鍋の金属文化をすべて手がけていたから
さぞや、けんらんたる存在だっただろう。
今はもちろん昔ほどのことではない。昔を伝えるのは此処で
わずかにその形をとどめている。
ここ数年来、金細工の“音”は
風韻、風趣の世間の風に乗りきれず、そのコダマは
ほとんど返ってこない。
仕事の量は匁計(もんめばかり)で計れるぐらいの量である。
でも時代にとり残されようと、職人の心は昔と変わらない、と
思っている。クリーンな音をだしつづけることで
沖縄から伝承の、銀の韻律が消えることはないだろう。
「時が解決すると想ったら大間違いだ。
なんくるならんことも全部、私は
歌うからね、大きな声で。
どこに逃げたって聞こえるように。
耳を塞げないぐらい綺麗な声でさ。」
なんくるならんことも全部、私は
歌うからね、大きな声で。
どこに逃げたって聞こえるように。
耳を塞げないぐらい綺麗な声でさ。」
7月6日沖縄タイムス「こっこタイム」
沖縄のことわざ
『言葉銭遣い』
『言葉銭遣い』
-ことば じんじけい-
言葉はお金と同じで、使い方によって
人のため、自分のためになり
価 千金である
人のため、自分のためになり
価 千金である
2010年07月07日
築230年

「寄贈された北古味可葉氏の森羅万象を結ぶ大書“結”」
この春、世界で日本の書道を個展する前衛の書道家、
北古味可葉さんから、高知県で「金細工(くがんぜーく)展」を
やりましょう、とおさそいの電話をいただいた。
地図をひろげてみると、
空路は、島々を超え、海を渡る長い線で結ばれている。
北のみちのくより遠くに思え、ただ見るだけの地図の上の四国。
とてもとても足を運べる所とは思えなかったが、NHK放映の”龍馬伝”と相俟って、
「竜馬がゆく」の小説の道筋が「俺もゆく」の道筋にかわってきた。
この6月のつゆ明け(高知はつゆ入り)に、遂に重い腰をあげることになった。

高知県高岡郡佐川町にある国の重要文化財の竹村家。
江戸後期には苗字帯刀を許された屈指の酒造業を営んでいたという。
築二百三十年といえば、「金細工またよし」の祖、
「唐行またよし」がまだ存在しなかった時代だから、七代目の私には想像もできない旧家。
一歩も足を踏みこめない。古い時間のとてつもない重さに、
ひたいを押されたままの私を北古味さんの笑顔が迎えてくれた。
「ようこそ、スタジオ可葉へ!」
二百三十年前に建てられた伝統の意匠の座敷の中、
琉球に伝わる銀細工が展示されている。
それらは、かすかに銀色の韻律を奏え、いじらしいほど、慎ましく、
ひそかな調和をたもっている。伝統の中での、伝統との出会い。
あゝ来てよかった!

(縁を結ぶ糸には めでたい光がかがやき
七重、八重の絆は平和のしるし)
七重、八重の絆は平和のしるし)
そして、その夜、中国の二胡と オーストラリアのディジュリドゥが
展示会を祝ってくれた

えま・慧奏さんのお二人は国の重要文化財でもある白壁土蔵の古い酒蔵の中で、
始めて聞く、観る人の期待を集めて演奏された。
慧奏さんのオーストラリアの木管楽器ディジュリドゥは長い管に口を当て、
唇の振動で音をだす。ディ・ジュ・リドゥにきこえるというその異国の音が、
空気をふるわせ、太古にいざなう音楽となり、それにしみこむように、
中国の情緒的な二胡の七色の音がとけこんでいき、場内の感動を一つにする。
このお二人の絶妙な”間 ”の演奏で、モンゴルの歌、
琉球民謡・童謡が歌われて、もりあがった。ところで、いきなり
二胡の弦が 『ハッピ バースデイ トゥーユー』 を
かなでた。6月25日79回目の私の誕生日を
祝ってくれたのには驚いた。胸を熱くした。そして
鳴りやまぬ拍手でフィナーレの「ふる里」が
演奏され合唱となり、お客の皆さんが心を残して終演となった。
あゝ、やっぱり来てよかった!
かくて、金細工の展示、二胡のライブの、
”竜馬の里へ ”の旅はめでたし、めでたしのハッピーエンド。

(今日の嬉しさは 何にたとえようか
蕾の花が 露をふくだような幸せ)
蕾の花が 露をふくだような幸せ)
この旅は、生の歴史に触れ、語る伝統を知り、
海のその向うの人々との出会いなど、大変貴重な体験となった。
放てば手に満つ!旅に出て己を解放して
得た充足感をからだいっぱいに感じ
余韻の帰路についた
2010年06月19日
風樹館
先日、琉球大学の『風樹館』へ行ってきました。

煉瓦造りの一風変わった建物、
ここには、沖縄の生物や植物、工芸品など様々なものが
標本・資料として展示されています。
またよしのジーファー、房指輪なども展示されており
ここの館長であり、名物?の佐々木先生は、沖縄の全てを知り尽くした
(と言っても過言ではないくらい。。)物知りの楽しい先生で、
金細工またよしも、とってもお世話になっているのです。
中へ入ると、まず、なんとも言えない不思議な匂いが。。。
懐かしい、理科室のような匂いです。
佐々木先生に案内してもらいながら中に入ると、
いきなりジュゴンの剥製が!


佐々木先生によるとまだ子供のジュゴンなんだそうです。
他にもジュゴンの骨やイリオモテヤマネコなどの珍しい動物の剥製もあり、
その迫力に驚きつつ金細工のコーナーへ…


ここには六代目・又吉誠睦さんのジーファーや、開南の又吉誠仁さんの辻ジーファーなど、
工房でも見ることのできない作品などが展示されています。
貴重なものに私たち2人も感動し、改めて金細工の歴史の長さを感じました。
広い館内も佐々木先生の面白い解説であっという間に全てのスペースをまわりきってしまい、
最後に案内してくださったのが風樹館のお庭でした。
なんとそこには…かわいい島やぎが!

名前はさつきちゃん。
風樹館には何頭かやぎがいて、農学部の生徒さんがお世話をしているそうです。
とても人懐こく、ずっと佐々木先生の後をついていく姿にとても癒されました~。
茶色い毛は島やぎの特徴で、あまり大きくはならないのだそうです
さつきちゃんも、カン吉よりも少し小さい位で、
連れて帰って工房で飼いたいくらい私たちはさつきちゃんに
心を奪われてしまったのでした。
でもきっとカン吉がやきもちを焼くはずですね。。。
工房のアイドルはカン吉ですから!
この庭も、沖縄独特の個性ある植物がたくさん植えられていて、
本当に沖縄の庭は生き生きとしていてきれいです。
大学の中だということを忘れてしまうような緑に囲まれた居心地のよさです。
沖縄には私たちがまだまだ知らないものが、たくさんあるのだと
いうことに気がつきました。
金細工ももっとたくさんの人に知ってもらえるよう、
私たちもがんばろう。。。。
さつきちゃんの鳴き声に心ひかれながら、風樹館を後にしました。

煉瓦造りの一風変わった建物、
ここには、沖縄の生物や植物、工芸品など様々なものが
標本・資料として展示されています。
またよしのジーファー、房指輪なども展示されており
ここの館長であり、名物?の佐々木先生は、沖縄の全てを知り尽くした
(と言っても過言ではないくらい。。)物知りの楽しい先生で、
金細工またよしも、とってもお世話になっているのです。
中へ入ると、まず、なんとも言えない不思議な匂いが。。。
懐かしい、理科室のような匂いです。
佐々木先生に案内してもらいながら中に入ると、
いきなりジュゴンの剥製が!
佐々木先生によるとまだ子供のジュゴンなんだそうです。
他にもジュゴンの骨やイリオモテヤマネコなどの珍しい動物の剥製もあり、
その迫力に驚きつつ金細工のコーナーへ…


ここには六代目・又吉誠睦さんのジーファーや、開南の又吉誠仁さんの辻ジーファーなど、
工房でも見ることのできない作品などが展示されています。
貴重なものに私たち2人も感動し、改めて金細工の歴史の長さを感じました。
広い館内も佐々木先生の面白い解説であっという間に全てのスペースをまわりきってしまい、
最後に案内してくださったのが風樹館のお庭でした。
なんとそこには…かわいい島やぎが!
名前はさつきちゃん。
風樹館には何頭かやぎがいて、農学部の生徒さんがお世話をしているそうです。
とても人懐こく、ずっと佐々木先生の後をついていく姿にとても癒されました~。
茶色い毛は島やぎの特徴で、あまり大きくはならないのだそうです
さつきちゃんも、カン吉よりも少し小さい位で、
連れて帰って工房で飼いたいくらい私たちはさつきちゃんに
心を奪われてしまったのでした。
でもきっとカン吉がやきもちを焼くはずですね。。。
工房のアイドルはカン吉ですから!
この庭も、沖縄独特の個性ある植物がたくさん植えられていて、
本当に沖縄の庭は生き生きとしていてきれいです。
大学の中だということを忘れてしまうような緑に囲まれた居心地のよさです。
沖縄には私たちがまだまだ知らないものが、たくさんあるのだと
いうことに気がつきました。
金細工ももっとたくさんの人に知ってもらえるよう、
私たちもがんばろう。。。。
さつきちゃんの鳴き声に心ひかれながら、風樹館を後にしました。

2010年06月10日
展示会のお知らせ
高知で展示会をすることになりました!!

☆場所:『スタジオ可葉』
お問い合わせ:tel:0889-22-0623 住所:高知県高岡郡佐川町甲1300
☆日にち6月19日(土)・20日(日)
☆ライブ:6月19日 PM19:00~
二胡の演奏 『えま(うた,gt,二胡)&慧奏(piano,perc.etc.)』
会場は、呉服商を営んでいた重厚な蔵造りの商家で、
現在は書家・北古味可葉さんのスタジオとして使われています。
会期中は、師匠「又吉健次郎」も会場に居りますので
お近くの方はぜひぜひ遊びにいらしてください。




北古味可葉書
☆場所:『スタジオ可葉』
お問い合わせ:tel:0889-22-0623 住所:高知県高岡郡佐川町甲1300
☆日にち6月19日(土)・20日(日)
☆ライブ:6月19日 PM19:00~
二胡の演奏 『えま(うた,gt,二胡)&慧奏(piano,perc.etc.)』
会場は、呉服商を営んでいた重厚な蔵造りの商家で、
現在は書家・北古味可葉さんのスタジオとして使われています。
会期中は、師匠「又吉健次郎」も会場に居りますので
お近くの方はぜひぜひ遊びにいらしてください。
2010年05月20日
こっこのおじいさん
5月15日 PM6:00 舞台美術の平良美樹君のご招待で
沖縄芝居見学することになり、土砂を跳ね上げる雨の中
道すがら車の中で、昔、そのまた昔のウチナー芝居を思い出す。
北の本部町には、壁の落剥した芝居小屋、南の港川にも
時代にとり残された、どさ巡りの小屋があった。
楽屋裏では、二合瓶が転がっていて、役者さん達が台本なしの立ち稽古、
あねえあらん、かんどうやる(そうじゃあない こうだよ)
と、手とり足とりののんびりした風景がのぞかれた。
那覇劇場では、公設市場のアンマー、おばあ達が、
その時、その日の上り(売上げ)を“花”に、ごひいき筋の袖に届けたと云う
仕切り座敷から花道への掛け声、観る人、演ずる人との
あうんの呼吸の掛け声など、いかにも庶民の芝居だった。
そんなこと、あんなことモノクロ影絵を思い出しながら・・・・・・

これは驚き!さすが“国立”の名の、豪気なものだ!!
観客を抱き込むような空間。目がくらむ。
踊りの<金細工>の加那兄(かなーふぃ)なら、
お抱えのふいご、金床の質草をおっぽりだして逃げ出したことだろう。

<てんさぐの花>は今日の芝居の演題であり、パンフレットには
「名優 眞喜志康忠の心にしみる人情芝居 沖縄版<無法松の一生>とある


50年ほど前、当時<ときわ座>の座長だった眞喜志康忠さんが
新国劇の<無法松の一生>を翻案し、演出・主演したのが
<てんさぐの花> その頃の新国劇には
侘び・寂びの島田正吾、豪放らいらくの辰巳柳太郎という両優がいて
その二人の個性を併せもった役者が眞喜志康忠さんだったように思われた。
この物語には琉球王国から大和世への世替りの世相が描かれている
下町の暴れん坊<松ちゃ>が首里の士族の妻<眞鶴>を
生涯通して一途に思い続けた人情劇。

移りゆく時の中で、一途に眞鶴を恋慕うだけ
ひとり時代にとり残され、枯れすすきのように
わびしい老後を迎えることになるが・・・

劇の終には幼馴染だった女性が手をさしのべ
抱きかかえられて終幕となった。
主役の大田守邦さん 有難う。
あなたの実直な演技を通して曾ての眞喜志康忠さんを
偲ぶことができました。
昔と今を往き来する老いの感傷で ついほろりとしましたが、
ウチナー口が腹いっぱい堪能できました。
国立劇場おきなわ
百花繚乱の6月が楽しみです

こっこファンからいただいたお電話
「こっこのおじいさん、お元気ですか」
こっこのお姉さんが答えました。
「元気ですよ」

沖縄芝居見学することになり、土砂を跳ね上げる雨の中
道すがら車の中で、昔、そのまた昔のウチナー芝居を思い出す。
北の本部町には、壁の落剥した芝居小屋、南の港川にも
時代にとり残された、どさ巡りの小屋があった。
楽屋裏では、二合瓶が転がっていて、役者さん達が台本なしの立ち稽古、
あねえあらん、かんどうやる(そうじゃあない こうだよ)
と、手とり足とりののんびりした風景がのぞかれた。
那覇劇場では、公設市場のアンマー、おばあ達が、
その時、その日の上り(売上げ)を“花”に、ごひいき筋の袖に届けたと云う
仕切り座敷から花道への掛け声、観る人、演ずる人との
あうんの呼吸の掛け声など、いかにも庶民の芝居だった。
そんなこと、あんなことモノクロ影絵を思い出しながら・・・・・・

これは驚き!さすが“国立”の名の、豪気なものだ!!
観客を抱き込むような空間。目がくらむ。
踊りの<金細工>の加那兄(かなーふぃ)なら、
お抱えのふいご、金床の質草をおっぽりだして逃げ出したことだろう。

<てんさぐの花>は今日の芝居の演題であり、パンフレットには
「名優 眞喜志康忠の心にしみる人情芝居 沖縄版<無法松の一生>とある


眞喜志康忠著「沖縄芝居と共に-老役者の独り言」(2002年・㈱新報出版発行)より
50年ほど前、当時<ときわ座>の座長だった眞喜志康忠さんが
新国劇の<無法松の一生>を翻案し、演出・主演したのが
<てんさぐの花> その頃の新国劇には
侘び・寂びの島田正吾、豪放らいらくの辰巳柳太郎という両優がいて
その二人の個性を併せもった役者が眞喜志康忠さんだったように思われた。
この物語には琉球王国から大和世への世替りの世相が描かれている
下町の暴れん坊<松ちゃ>が首里の士族の妻<眞鶴>を
生涯通して一途に思い続けた人情劇。

(ままならない恋と知りながらも
どうしてこの胸のうちは こうも苦しいんだろう。)
どうしてこの胸のうちは こうも苦しいんだろう。)
移りゆく時の中で、一途に眞鶴を恋慕うだけ
ひとり時代にとり残され、枯れすすきのように
わびしい老後を迎えることになるが・・・

(世の中というものは 川の流れのようなもの
夢の間であるけれど 互いに語らい浮世を渡りましょう)
夢の間であるけれど 互いに語らい浮世を渡りましょう)
劇の終には幼馴染だった女性が手をさしのべ
抱きかかえられて終幕となった。
主役の大田守邦さん 有難う。
あなたの実直な演技を通して曾ての眞喜志康忠さんを
偲ぶことができました。
昔と今を往き来する老いの感傷で ついほろりとしましたが、
ウチナー口が腹いっぱい堪能できました。
国立劇場おきなわ
百花繚乱の6月が楽しみです

こっこファンからいただいたお電話
「こっこのおじいさん、お元気ですか」
こっこのお姉さんが答えました。
「元気ですよ」

『「てんさぐの花」
公演おめでとうございます
眞喜志康忠の孫 Coccoより』
公演おめでとうございます
眞喜志康忠の孫 Coccoより』
2010年05月07日
回想
1950年代に、沖縄に「珊瑚礁同人」という若い詩人たちがいた
―今はみな鬼籍の人。
そのひとり、池田和氏は走り書で詩をつづった。


一号線とは今の国道58号線のことである。
20代の若さで首里から嘉手納まで、ぶらぶら徒歩で行ったものである。
<有刺鉄線>で張り巡らされた嘉手納飛行場が象徴されるように
島全体が基地であり
東洋一の巨大要塞と云われた。
その<有刺鉄線>を造るのも“人の手”であり、
それに刺され痛いおもいをするのも“人の手”である。
胸を刺されたこの心象風景は半世紀過ぎた今でも時に戻ってくる。
回想その2
50年代の若い文学青年をとりこにしたのが
今流行りの太宰治である。
酒を飲み、おなごに惚れるのが太宰文学の神髄であると心得、
酔ったあげくの文学論は「丹羽文雄」を<タンバフミオ>
と呼び、口角泡をとばせたものです。
こんなこと、あんなこと、回想とは苦いもの、とも限りません
ブログに載せられない、回想録もいっぱいあります
愛よ愛々/かなよ かなかな
白砂の砂浜の向こうには まっさらな雲
なんじゃそりゃ?
世界に向けて揚げられた、白旗みたいじゃあないか
まだ負けちゃいない
降伏が、平和への賢明な道だなんて
想わない
あんな雲、引きずり下ろしてやる。
・・・・・

―今はみな鬼籍の人。
そのひとり、池田和氏は走り書で詩をつづった。

一号線
・・・・・
何のためにつくられたか
誰のためにつくられたか
・・・・・
この道路の向うには
一体何があるのだろうか
兵舎・飛行機があるのだろうか
山河荒果てた古里が
基地という真名板に載せられて
てんでんばらばらに裂かれてあるからか
・・・・・
愛犬を喪った少女みたいに
雨の一号線に濡れてたたずんで
重機を運ぶ無数のGMCの湿った爆音を
何故俺は
黙って聞かねばならないのだ
・・・・・
何のためにつくられたか
誰のためにつくられたか
・・・・・
この道路の向うには
一体何があるのだろうか
兵舎・飛行機があるのだろうか
山河荒果てた古里が
基地という真名板に載せられて
てんでんばらばらに裂かれてあるからか
・・・・・
愛犬を喪った少女みたいに
雨の一号線に濡れてたたずんで
重機を運ぶ無数のGMCの湿った爆音を
何故俺は
黙って聞かねばならないのだ
(1955年10月・池田和)

一号線とは今の国道58号線のことである。
20代の若さで首里から嘉手納まで、ぶらぶら徒歩で行ったものである。
<有刺鉄線>で張り巡らされた嘉手納飛行場が象徴されるように
島全体が基地であり
東洋一の巨大要塞と云われた。
その<有刺鉄線>を造るのも“人の手”であり、
それに刺され痛いおもいをするのも“人の手”である。
胸を刺されたこの心象風景は半世紀過ぎた今でも時に戻ってくる。
回想その2
50年代の若い文学青年をとりこにしたのが
今流行りの太宰治である。
酒を飲み、おなごに惚れるのが太宰文学の神髄であると心得、
酔ったあげくの文学論は「丹羽文雄」を<タンバフミオ>
と呼び、口角泡をとばせたものです。
こんなこと、あんなこと、回想とは苦いもの、とも限りません
ブログに載せられない、回想録もいっぱいあります
愛よ愛々/かなよ かなかな
白砂の砂浜の向こうには まっさらな雲
なんじゃそりゃ?
世界に向けて揚げられた、白旗みたいじゃあないか
まだ負けちゃいない
降伏が、平和への賢明な道だなんて
想わない
あんな雲、引きずり下ろしてやる。
・・・・・
「2010年5月4日沖縄タイムス掲載<こっこタイム>より」
愛しい―いとしい、を愛しい―かなしいと読む
うちなー口。
私の好きな言葉です
うちなー口。
私の好きな言葉です
想い愛々と 今宵結ばれて
肝美らく花ん 咲かちたぼり
肝美らく花ん 咲かちたぼり
相思相愛で
今宵結ばれたふたり
どうか 心の美しい花を
咲かせてください
今宵結ばれたふたり
どうか 心の美しい花を
咲かせてください
2010年04月28日
4.25
ジュゴンのマスクをかぶった集会

「沖縄タイムス 2010年 4月27日掲載」
あまり知られていないがジュゴンの見える丘という
美しい場所が沖縄には在る。
実際、ジュゴンを見たというそんな人には会ったことがないけれど
それでも私は歩く力を失くした時
何度かその丘に立ってジュゴンを待った。
「Cocco 「想い事。」楽園より」
美しい場所が沖縄には在る。
実際、ジュゴンを見たというそんな人には会ったことがないけれど
それでも私は歩く力を失くした時
何度かその丘に立ってジュゴンを待った。
「Cocco 「想い事。」楽園より」
世界の海は ひとつ
2010年04月25日
2010年04月19日
こっこありがとう

2010/4/17沖縄タイムスより
いい紙面ができたと編集担当
いい話だと大阪の房指輪ファン
いろいろ反響が毎日あります
<元気ですか>とお見舞い型
<私の注文はどうなりますか>と催促型
<頑張ってください>と激励型
30年ぶりの再会の友、C・Y君は
<あと5年がんばれ、俺が後援会長になる>と友情型
さて、朝刊をみたご当人“小生”は
「まあ、そのうち美しい青い海をとりもどせますよ」
と背びれを撫でられたジュゴンの気持ちといったところです。
Thank you again, Cocco

↓記事はこちらから↓!(近々動画も見られるようになるそうです。お楽しみに・・・)
http://www.okinawatimes.co.jp/special/cocco_time
2010年04月13日
まぶい うむい

「コッコタイム」 沖縄タイムス 2010年 1月1日 記載
4月5日 月曜日
PМ8:00
ふた昔よりも、もうひと昔前の頃、三日とあけずに通いつめた那覇の不夜城・ネオンの桜坂。
ここにあるライブハウスにコッコのお姉さんにご招待されました。
場内は暗い。若い男女の影法師に紛れ込んだご老体は曽ってない期待に身を固くして 目を閉じた。
PМ9:00
ステージの青い閃光の中、ギターに抱きかかえられたコッコが登場。
観客の優しい拍手で迎えられた。
「沖縄に住んだら、好きすぎて死んでしまうかも――(沖縄タイムス)」
のコッコがギターを弾き、歌いだした。
直に会って話したのは2度、生の歌、演奏を聞くのは今が初めてのことで、とても衝撃的。
一節ごとに昂ぶり、胸に充ちてくるものを抑えているうちに立ち眩み。
胸いっぱいと腹いっぱいの違いが分かりました。
その場かぎりのトークはアイロニーでストレートで面白い。そして歌は続きました。
“沖縄に焦がれ歌う”コッコの唄は大和口の<魂>というよりも 沖縄口の<まぶい> <うむい>を歌っている、、言うならばうちなー女(いなぐ)の情念と感性を伝えているように思います。
<まぶい> <うむい>という心は土着にとどまらず、広く大和人にも伝わる、たぶん普遍的なものなのでしょう。
私は一介の金細工の分を忘れ、コッコイズム、コッコリズムのとりこになりました。
PМ10:30
カン吉に迎え吠えられ帰宅。
物とは極められた形であると云い、内なるものを表して形になるとも云う。
ひとり禅問答をくりかえすうちに睡魔もうろう。

結び指輪
想い愛々と 今宵結ばれて
肝美らく花ん 咲かちたぼり

愛しコッコに命果報たぼり
2010年03月11日
happy birthday
みなさまこんにちは、カン吉です
今日はちょっと寄り道・・・
工房の大イベント(?)の模様を紹介いたします
3月9日は工房のアイドル、吾輩カン吉の9歳の誕生日
そして、3月6日は吾輩の大〜好きな、
弟子のゆかちゃんの19歳のお誕生日である
いつも仲良しの2人に、
師匠からこんな素敵なバースデーケーキのプレゼントがあったのだ

ホワイトチョコに2人の姿が!
これには思わず吾輩もこの笑顔♪
ところが。。。なんと残念ながらケーキは食べさせてもらえず
工房のみんなは目の前でおいしそうに食べている
がっかり。。。
しかしそんな吾輩に、
みんなが「カン吉用おやつ」のプレゼントを用意していてくれたのである
師匠もいつもよりいっぱいおやつを食べさせてくれたのだ
みんな、ありがとう。
来年の誕生日も楽しみである。
今日はちょっと寄り道・・・
工房の大イベント(?)の模様を紹介いたします
3月9日は工房のアイドル、吾輩カン吉の9歳の誕生日
そして、3月6日は吾輩の大〜好きな、
弟子のゆかちゃんの19歳のお誕生日である
いつも仲良しの2人に、
師匠からこんな素敵なバースデーケーキのプレゼントがあったのだ

ホワイトチョコに2人の姿が!
これには思わず吾輩もこの笑顔♪
ところが。。。なんと残念ながらケーキは食べさせてもらえず
工房のみんなは目の前でおいしそうに食べている
がっかり。。。
しかしそんな吾輩に、
みんなが「カン吉用おやつ」のプレゼントを用意していてくれたのである
師匠もいつもよりいっぱいおやつを食べさせてくれたのだ
みんな、ありがとう。
来年の誕生日も楽しみである。
2010年03月04日
昔の祈りを今に
・御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)・
冊封使や在番奉行を歓待した琉球の迎賓館であり、宮廷文化の発祥の地。
また国王が鑑賞し、一般庶民にも広く公開され、宮廷文化をになう人々の芸能を
鍛えるところでもありました。
先日、戦争により焼失してしまった御茶屋御殿の早期復元を目指す
期成会の新春の集いが行なわれました。

会長の宮里朝光さん
威風堂々たるお姿です。
儀式(御願み)のようす
とても不思議な感覚でした。
儀式を見ていると まるで全てが昔に返ったかのような感覚なのですが
辺りの景色は確かに今、この時代のもので
今の風景と昔の光景を同時に見ているような、そんな感じがしました。
かわってはいけなかったもの
かわらなければいけなかったこと
その上で今、自分がすべきことは何なのかを改めて考えさせられた一日でした。
次回は「昔の祈りを今に PART2」です。
弟子日誌
冊封使や在番奉行を歓待した琉球の迎賓館であり、宮廷文化の発祥の地。
また国王が鑑賞し、一般庶民にも広く公開され、宮廷文化をになう人々の芸能を
鍛えるところでもありました。
先日、戦争により焼失してしまった御茶屋御殿の早期復元を目指す
期成会の新春の集いが行なわれました。
会長の宮里朝光さん
威風堂々たるお姿です。
儀式(御願み)のようす
とても不思議な感覚でした。
儀式を見ていると まるで全てが昔に返ったかのような感覚なのですが
辺りの景色は確かに今、この時代のもので
今の風景と昔の光景を同時に見ているような、そんな感じがしました。
かわってはいけなかったもの
かわらなければいけなかったこと
その上で今、自分がすべきことは何なのかを改めて考えさせられた一日でした。
次回は「昔の祈りを今に PART2」です。
弟子日誌



